食のコラム
「フードテック」と食をとりまく課題
デジタル技術やバイオサイエンスなどの新技術によって、今、食のシーンにさまざまなイノベーションが起きており、こういったイノベーションの総称を「フードテック」と呼んでいます。世界各国で「食とテクノロジー」に関するカンファレンスやイベントが次々と開催され、スタートアップが数多く立ち上がり、投資活動も盛んに行われているのです。2025年までに市場規模が700兆円に達するとも言われているようで、市場規模拡大の予測が注目の後押しをしていることは言うまでもありません。
「素晴らしい食文化を持ち、食の豊かな国、ニッポン」に住んでいると教えられてきた私たち日本人は、「新しい食環境」と言われても、なぜそれが必要とされているのか、ピンとこない人が多いかもしれません。今までにもさまざまな技術革新があり、美味しいものがたくさん食べられるようになっているのに、まだ新しいテクノロジーが必要なの?と疑問に思う人もいるかもしれませんね。ところが、実際には世界中で食に関係する社会課題が山積しており、日本も例外ではありません。
以下に主な課題をあげてみました。
●フードロス・フードウェイスト問題
2017年に当時の米国大統領のバラク・オバマ氏が世界の食糧生産量の約1/3(約13億トン)が廃棄されているという調査結果を発表。それを機にこの問題が注目され、解決に向けた取り組みが進み始めた。日本でも食糧消費量の約3割にあたる2,759トンが廃棄されている(2016年度)。この問題は、経済面、環境面、社会面のさまざまな問題に繋がっている。
●人口増によるタンパク源枯渇問題
現在79億弱の人口が2050年には97億に達するという国連の推計がある。単純な人口増加に加え、新興国での急速な肉需要の拡大も伴って、今の畜産のやり方では必要なタンパク質の供給が間に合わなくなる。ただでさえ畜産業は広い土地と大量の飼料や水を使うために環境に与える負荷が大きく、むしろ今より縮小しなければならない可能性が高い。畜産業に変わるタンパク源の開発が必要である。
●飢餓と栄養過剰
国連世界食糧計画など関係5機関は、2021年、飢餓人口が世界人口の1割にあたる8億1100万人にのぼっていると報告した。コロナ渦の影響で飢餓人口の増加が加速したと見られている。しかしその一方で、国連食糧農業機構(FAO)は、世界には120億人を養えるだけの食糧があるとしており、飢餓の地域に行き渡らないのは、政治や経済のシステムの問題によるところが大きい。
一方先進国では大量生産・大量消費型の市場経済が長く続いた結果、栄養過剰による健康被害が蔓延している。食べ物の消費を促すキャンペーンをしながら、生活習慣病の予防や治療を勧めるキャンペーンにも力を入れる、日本の市場もそのような矛盾を孕みつつ、ふくれあがっているのだ。
●フードデザート問題
「フードデザート」とは、新鮮は新鮮な果物や野菜、健康的な食品が手に入らない地域(砂漠)を意味するが、国によって解釈が違う。イギリスでは食料品店の郊外への移転により、車などを持たない都市の貧困層が良質な生鮮食品を手に入れられなくなった状態、アメリカではもともと貧困地域に、食料品店やファーマーズマーケットが少ないことが問題になっているらしい。日本では買い物に出歩けない高齢者が「買い物難民化」しており、これがフードデザートにあたる。
●農薬や抗微生物耐性などによる健康被害
農業や畜産の大規模化・大量生産によって、生産性を上げるために大量の農薬や肥料が使われ、家畜へはホルモン剤や抗生物質が投与されている。EU各国のように人間の健康を害する恐れがあるとして、使用や使用された家畜の肉の輸入を禁止している国もあれば、日本のように使用は禁止でも輸入は許可している国、オーストラリアやアメリカのように使用を認めている国など、扱いは国によって異なる。
●森林破壊、プラスチックなどによる環境汚染
地球上の各所で砂漠化がおこり農地が減っている。新たな農地を作るために森林が破壊され、大気汚染や地球温暖化に拍車をかけている。また、プラスチック製品の廃棄や洗浄汚染水に含まれるプラスチックが海や大気を汚染している。最近では、水道水からもマイクロプラスチックが検出されており、人々の体内にも相当量が入っているとされている。
この他にも多くの問題があり、生命を脅かす由々しき事態となっているのです。
2019年、米国で開催されたカンファレンスで、ある試算結果が関係者を驚かせました。それは、全世界の食関連の年間の市場価値は10兆ドル(1,077兆円)なのに対して、食関連による経済へのマイナスの影響は12兆ドル(1,292兆円)で、価値よりもマイナスの影響の方が大きく上回る、というもの。「マイナスの影響」とは、前述の食に関係する社会課題にかかるコストのこと。つまり、食べれば食べるほど健康にも環境にも負荷がかかり、経済が厳しくなっていくということで、何ともショッキングな事実です。しかも、マイナスのコストは今後さらに増えて、2025年までに16兆ドル(1723兆円)になると予測されているそうです。
世界人口の急増問題では、枯渇するのはタンパク質だけではないはず。様々な食糧が不足し、飢餓が深刻化するかもしれません。食料自給率の低い日本は、決して安閑とはしていられない状況なのです。
フードテックは、こうした状況を回避し、さらに生活や考え方が多様化する人々のニーズに応えられる世界を実現するためのツールとして、食材や調理法、キッチン、流通、外食産業など、食に関わる様々な分野でのイノベーションが求められているのです。
どのようなフードテックが私たちをより良い未来へ導いてくれるのか、私たち自身が関心を持ち、よく見極める必要があると思います。
*『フードテック革命』(発行:日経BP)を参考に書いています。
文 / 井澤裕子