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食のコラム

「ソイフリー」から見えてくるアメリカ

ソイ(大豆)はどこへ?

ご存知のように日本では大豆は「畑の肉」と呼ばれている。アメリカでもベジタリアンやビーガンなど肉食しない人たちにとって、貴重なタンパク源だったはずなのだが、5年ぐらい前から突然、健康食売り場からソイ(大豆)関係が姿を消し始めた。ビヨンドなどの代替肉の商品パッケージでも、決まり文句のように「ソイフリー」を強調する。かつては主役を張っていたソイだったはずなのに、まるで健康食界から村八分にされたかのようだ。

大豆はタンパク質が豊富なばかりでなく、コレステロールや中性脂肪など余分な脂質も流してくれるサポニンが含まれているし、イソフラボンは女性ホルモンに似た構造をしているので、更年期障害の緩和になる。心臓病や癌の予防にもなるという研究もあり、いいとこづくしの大豆がアメリカの健康食とすぐに結びついたのは想像に難しくないし、大豆を常食する日本人は長寿だということも世界的に知られている。なのにこの状況はどうしたことなのか。当初は健康フリークセレブやインフルエンサーによる謂れのないデマが横行したからなのかと疑ってもみたが、それにしても猫も杓子も「ソイフリー」を連呼するのは異常な事態である。

だが、落ち着いて目を凝らしてみていると、明らかにメインスリームから消えたものは、乳製品の代替扱いの豆乳と豆乳アイス•ヨーグルト等である。これらに変わって、きら星のごとく現れたのはアーモンド、オーツ、カシューナッツ、ココナッツ、ライス、フラックス(亜麻)などのミルク、及び関連するアイスクリームやヨーグルト。さらにはすでにイギリスでは販売が始まっているポテトミルクももうじきアメリカに参入するとのこと。なんちゃってミルク戦国時代の幕開けである。アーモンドミルクは現時点では王者の地位を誇っているが、作物としては大量の水や蜂を必要とするらしく、環境問題などの意識高い系の中では、すこぶる不人気である。アーモンドといえば、産地としてカリフォルニアが有名であるが、そもそもカリフォルニア自体が乾燥地帯であり、水を多く必要とする食物の産地としては全くサステナブルではないという声は以前から強くあった。ココナッツも需要増加による椰子の乱獲で環境破壊や労働問題が露呈し、それを問題視する人も少なくない。カシューナッツも劣悪な労働問題があると言われている。

様々なプラントベースミルク、ヨーグルト、クリームが
所狭しと並んでいる。左下段にあるRipple社は黄えんどう豆ミルクで、
自社サイトでは環境問題からアーモンドミルクにかなり批判的

大豆のネガティブなデータ

様々な記事を読み始めてみると、大豆商品が大手を振ってでてくるにしたがい、ネガティブなデータも顕在化してきたようだ。その中には大豆は遺伝子組み換え作物で危険という主張もあるが、それはまるで、ブロッコリーが危険だという論理と同じだ。ブロッコリーは多くの専門家はスーパー野菜に位置付けているが、ある専門家は最も危険な野菜の一つと指摘する。ニンジンやスクワッシュは皮を剥けるが、ブロッコリーはそうはいかず、肥料の影響をもろに受けているから。つまりは視点が変わるだけで、健康食か否かは容易に反転するということである。とはいえ、医師に大豆をあまり摂らないようにとアドヴァイスを受けたというような話をきくと、観点の違いだけでは片付けられない。

大豆が健康食からはじき出された理由は主に以下の通り。

1)マメ科の中でも特に大豆は生物毒(昆虫からの外敵から身を守るため)が強く、アンチニュートリエント(反栄養素)とも呼ばれていて、ミネラルやビタミン、酵素の吸収を阻害する。もちろん他の野菜にも含まれているし、私たちがアクと捉えているものだ。

2)GMO/遺伝子組み換え問題

3)イソフラボン類が甲状腺ホルモンなどの合成を抑え、甲状腺機能低下症を引き起こす。

4)同じくイソフラボンが女性ホルモンの代替になるので、男性が摂取した場合胸がふくらんでくるなどの女性化問題が起こるなどの報告。さらには乳癌や卵巣癌の危険性を高める可能性やホルモンバランスを崩し鬱になる。精子の数が減るというのもあるし、子どもが過剰に摂取すると生殖器の発展を妨げる危険性があるとも。

5)大豆アレルギー。ピーナツアレルギーほど有名ではないが、マメ科の中では比較的アレルギーを起こしやすいらしい。

上記以外にも大豆はアジア人にとって長い歴史のある食物だが、欧米人にとってここ最近の食べ物なので、体がまだ対応できていないというのもあって、どんな根拠があるのか不明だが、ある種地産地消的な流れを組む観点とも言えるだろう。とはいえ、1940年代までのアメリカでは主に家畜の飼料としてのみ生産されていた大豆であったものの、現在では世界の1/3を占める産出国である。

どの記事(発行先が信頼できるもの)にも共通している点は、健康を害するとみなすにはデータやエビデンスが十分ではないし、タンパク質やビタミンも多く含まれている大豆は、適切な摂取量であれば健康食であるという結論である。

日本では様々なフレーバーの豆乳が販売されている。どれも美味しそうで試したくなる。だが、私たちの子どもの頃(60年、70年代)は大豆といえば、味噌、醤油、納豆、豆腐、枝豆、きなこもあるが、日本においていえば豆乳をごくごく飲むような食文化は一般的ではなかった。

どんなに健康的な食品であろうとも、バランスよく食することが重要で、極端な摂取がいいわけがないと思う一方、大豆が健康食から外された理由はやっぱり今ひとつピンとこない。上記の理由にしても、難癖をつけているようにも見えなくもない。

「ソイミルク=NGワード」の背景に乳製品業界の影

ここにきて、やっぱり乳製品の代替としての豆乳というところがミソのような気がするのだ。子どもたちに牛乳の代わりに飲ませる豆乳が生殖器の成長を妨げるかもしれぬとなったら、不安になる親もでてくるだろう。さらには、そもそも子どもにそんなものを飲ませること自体不道徳と問題視する人たちがでてきても不思議ではない。この国では中絶どころか不妊でさえ罪と考える人たちが決して少なくないことを忘れてはいけない。

さらに豆乳を市場からなんとしてでもなくしたい輩(ロビー活動)が、いることも事実のよう。少し古い記事だが、CNNサイトのHealthセクション(2017/10/31)によるとFDA(食品医療品局)がWeston A. Price Foundationによる市民からの嘆願書(大豆によるタンパク質が心臓病の疾患リスクを減らすというFDAの記述を撤回せよ)を拒んだと記されている。上記のFoundationを調べてみると、生乳(未加熱・未殺菌)を子どもたちに飲ませようと運動をしているグループで、セレブと呼ばれる医師も絡んでいる。さらにはニューヨーク・タイムズ紙(2022/3/2)によると、乳製品業界が複数の議員と共にFDAに対して、プラントベースのミルクに対して「ミルク」という言葉そのものの使用を禁止するようにとプレッシャーをかけているというのだ。そうなってくるとやはり牛乳VSプラントベースミルクというような構図が浮き彫りになってくる。少なくても、プラントベースミルク界を君臨していた豆乳は乳製品業界にとって最大の脅威であったのは間違いないだろう。そして目障りな蠅を叩き落とすがことく健康食からの締め出しにまずは成功したのだ。

健康食品市場の巨大化は続く

メタボ率の高いアメリカでは健康食は巨大産業である。近所にはオーガニック食品を専門にしているスーパーは二軒あるし、値は張るが安全性を全面的に打ち出しているWhole Foods Marketも週末はかなり混雑している。普通のスーパーでさえ、オーガニックセクションはかなり充実している。健康食界隈では、つねに人々の動向や流行に目を光らせながら、打ち出の小槌を手に入れるのに躍起になっているようにも見える。炭水化物や糖質を制限する「ローカーブ」、「ケトジェニックダイエット」に続き、今は「ソイフリー」と「グルテンフリー」がなんといっても最新のトレンドなのだ。先日ポップコーンを購入したら、パッケージの表に「グルテンフリー」と高らかに表示されていた。そりゃそうだろうって。

以前のコラムでコロナ禍でプラントベースの肉の代替品の売り上げが急激に伸びていると書いたが、それに伴い、大豆ベースの代替品も実は再び上昇傾向にあるという。

さらに代替乳に関してはこんな報告もある。温室効果ガス排出の側面から牛乳とプラントミルクを一杯のミルクで比較した場合、オックスフォード大学の2018年の研究によると、3倍ほどの差があるというのだ(ザ・ガーディアン2020/1/29)。これはプラントベースミルク全般と比較してのことなので、エネルギー効率が良いと言われている大豆になるともっと差があるはずである。

サステナビリティという考えがさらに浸透してくると、ソイに脚光が当たる日が再びやってくるのだろうか。アメリカにおけるこの状況が千変万化していくような微かな兆しとコネチカットの春の香りを感じる今日この頃である。

最後に:

ウクライナにおける残虐行為などのニュースに私たちは連日衝撃を受けているが、最後にある活動を紹介したい。ウクライナ料理はロシア料理と共通するものも多いが、日常的な伝統料理は野菜中心のものも多く、特にウクライナ人は行動的な人が多いとのことで(それはニュースからも伺えるが)環境問題や動物愛護からヴィーガン運動に積極的に参加する若者たちも多いという。ヴォーグ誌(ウクライナ版)が2020年をヴィーガン年と表象しているほどである。Lviv Vegan Kitchenではウクライナの避難民に毎日ヴィーガン食を提供している。興味ある方はvegconomistにアクセスしてみてください。

文 / 小野聖子(米国コネチカット在住)