なんとも恐ろしいタイトルですね。食料の生産現場と消費者との距離が空いてしまっている現在でもすでに、私たちのほとんどは、自分たちが食べているものが何なのかよくわかっていないというのは言い過ぎでしょうか。実際のところ、誰がどこでどの様に作った食べ物なのか知らないままに購入し口に入れていることが多いと思います。これが、今後さらに何かわからないもの、あるいは良からぬものを食べさせられる可能性がある、ということなのでしょうか。
資本主義社会が生んだ環境破壊や経済格差などの歪みを正すために、社会全体を見直し、新しいシステムを作ろうという計画があります。世界経済フォーラムが既に発表しているこの計画は「グレートリセット」と呼ばれ、食システムのリセットももちろん含まれます。世界経済フォーラムとは、1971年に設立された国際機関で、世界のリーダーたちが連携し世界情勢の改善に取り組むことを目的としています。
いったい、どういった方向にリセットされようとしているのでしょうか。
気候変動や感染症、人口増加問題、自然環境破壊などさまざまな問題を一挙に解決するのは、ロボットや人工知能などのテクノロジーとバイオ技術であると主張するのは、ビルゲイツ他デジタルテクノロジーの最大手GAFAMとアリババ、バイエル(旧モンサント)や、コルテバ、カーギル、シンジェンタ、BASFなどアグリビジネス大手、それに国連や世界銀行です。人工肉や人工魚はじめ、ゲノム編集技術が生み出すさまざまなフードテックのマーケットは拡大しており、先にあげたような巨大資本が世界中の生産から流通、食卓まで、全てを握りつつあるように見えます。この流れの中で、いったんは下火になっていた遺伝子組み換え技術も息を吹き返しているという話もあります。
これとは真逆の形で世界の食を救おうとする、もう一つのリセットがあると著者は言っています。自然の循環を取り戻して、土壌を再生し、地域ごとの多様性を活かしながら、持続可能な農業を追求するリセットです。このリセットを推進するプレーヤーの規模は前者の大手グローバル企業に比べとても小さいのですが、日本にも高温多湿の難しい条件下で有機農業、無農薬農業、自然農法などを研究・実践してきた先人たちが数多くおり、こちら側のリセットに生かせる技術や知見がたくさんあるというのが著者の主張です。
食のシステムは今後どちらの方向に変わろうとしているのでしょうか。あるいはさらに別の道があるのかもしれません。無関心でいることは、自ら選ぶ権利を放棄することで、それは食の主権を失うことに等しいでしょう。私たち個々の消費者も、動向を注意深く観察し、声をあげるべき時にはあげ、正しい選択をする努力を怠ってはいけないのではないでしょうか。この本はそのように喚起してくれる一冊です。
第1章 「人工肉」は地球を救う?−気候変動時代の新市場
第2章 フードテックの新潮流−ゲノム編集から〈食べるワクチン〉まで
第3章 土地を奪われる農民たち−食のマネーゲーム2.0
第4章 気候変動の語られない犯人−“悪魔化”された牛たち
第5章 〈デジタル農業計画〉の裏−忍び寄る植民地的支配
第6章 日本の食の未来を切り拓け−型破りな猛者たち
第7章 世界はまだまだ養える−次なる食の文明へ
文 / 井澤裕子