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フードテックジャパン大阪2023

インテグリカルチャーCEO、羽生 雄毅氏による講演『細胞性食品と細胞農業の産業化の現状と将来』をききました。

日本の培養肉開発のトップランナー

インテグリカルチャー株式会社とは

代替プロテインの会社は、今や世界中で増え続けていますが、インテグリカルチャー株式会社もそのひとつ。日本の培養肉スタートアップ企業です。

CEOの羽生雄毅氏は、英国オックスフォード大学で化学博士、東北大学多元物質科学研究所、東芝研究開発センターなどを経て、培養肉の事業化を目指し2015年に同社を起業しました。

宇宙探査での応用も視野に入れた、閉鎖系で食肉生産を可能とする細胞農業技術研究のほか、食品企業や研究機関などとの共同研究により、肉だけでなく、エビや魚肉、化粧品など多岐にわたる分野での研究開発を行っています。

汎用大規模細胞培養システム「CulNet System」

地球環境を持続化に向かわせることが急務とされている状況下、細胞農業は各国が技術を競うホットな分野です。技術的にはかなり高度なことができるようになっていますが、問題は製造コストです。

培養肉を使ったハンバーガーが「1個3500万円」といっていた2013年から約10年、コストはどのくらいまで下がってきたのでしょうか。

そういった話をお聞きしたく、講演会に参加しました。

産業化の鍵を握る「低価格化」

2040年には、6,300億米ドルの市場規模という予測

米コンサルA.T.KEARNEYは、培養肉の市場規模は2040年には、全食肉市場(18,000億ドル)の35%にあたる6,300億ドルに達すると予想しています。

しかし、培養肉市場がその規模になるためには、低価格化がどうしても必要です。

培養肉価格の内訳

培養肉の原材料は、「基礎培地」「成長因子」「設備」「地代家賃・人件費」で決まります。

基礎培地は、糖分、アミノ酸、ビタミン、ミネラルでできており、何を作るのもほぼ共通の原材料ですが、もともと医療品開発のための基礎培値を使っているため高価な”医療スペック”。細胞性食品1kgをつくるのに50万円かかります。

成長因子は、培養したい細胞の種類によって使い分ける原材料で非常に高価。筋芽細胞を培養するための成長因子などは1gが80億円なので、これで細胞性食品1kgをつくるのには1800万円もかかります。

代替品、リサイクル品を使うなど低価格化が進められましたが、どの戦略も期待されたほどの効果が得られませんでした。さらに、美味しい培養肉を作るためには、筋肉細胞や脂肪細胞など多種類の成長因子や基礎培地が必要なので、どうしても高額になってしまうというわけです。

そこで、インテグリカルチャーが開発したのは、従来のやり方とは違う独自の培養方法「CulNet System(カルネットシステム)」です。

CulNet System(カルネットシステム)とは

体内環境に似せたシステムで、成長因子などが自前で作れるように!

体内に似た環境を構築することで、効率よく安価に細胞の成長を促すことができる培養システムです。

それまでの培養法は、大きなタンクの中で細胞を撹拌するというもので、実際に生物の体で細胞ができるメカニズムとは全く違い、細胞は組織化されませんでした。それに対し、CulNet Systemは、臓器間で相互に有用因子を送り影響を与え合う、体内と似た環境を構築したシステムです。

このシステムで、体内の細胞が作るものと同等の、成長因子なども含む有用物質が作り出され、それを培養に使えるため大幅なコストダウンが可能になったのです。

目標は、100gあたり113円。

インテグリカルチャーでは、CulNet Systemを使い、大規模化、他企業との協業体制を組み、生産価格の低減化を進めています。2023年現在は、月生産量8kg、ペースト肉生産価格100gあたり29,810円ですが、2028年には月生産量は20tにまで増え、ペースト肉100gあたりの生産価格は113円にまで下げられる見込みとのことです。

また、CulNetの装置とサービスを、B2B提供もしていくそうで、確かに産業化が加速しそうな印象を受けました。

状況を大きく変える事象はおこるのか。

最後に示されたのは、今後起こるかもしれない、状況を大きく変え得る事柄について、です。

  1. 畜産に炭素税が導入され、食肉価格が大幅に上昇。
  2. 突発的な凶作や政治状況での食糧の禁輸。
  3. 動物愛護が主流になり「屠殺肉」が国際的に取引禁止になる。
  4. 肉の品質は培養方法がすべてで、品種や血統は無意味であることが判明する。

確かにこのようなことが起きると、培養肉への期待が大きくなるでしょう。1と2などは可能性も低くはないと感じます。

いずれにしても、何が起こるかわからない未来。起こるとしたらそのスピードはかつてないほど早くなっている今。私たちは「食」の安全供給に対して、複数の備えを用意しておくべきだと思います。

取材・文 / 井澤裕子

インテグリカルチャー株式会社