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一般社団法人シネコカルチャー

砂漠を農地に蘇らせる!?協生農法®とは。

サヘル地域という言葉をご存知だろうか。サヘル地域とはアフリカのサハラ砂漠の南側に位置する地域。国としてはガンビア、セネガル、チャド、ニジェール、ブルキナファソ、マリ、モーリタニア、ナイジェリア、スーダン、南スーダンとエリトリアを指す。アフリカの中でも土地の砂漠化が進み、飢餓問題が切迫している国々だ。2015年3月、サヘル地域の一つ、ブルキナファソで、日本発の農業モデル「協生農法」が試みられた。

その結果、砂漠化した土地が農地として回復。高品質な収穫物は通常の2倍の市場価格で取引され、500平米からの収益は、わずか1年で平均的な国民所得の 20 倍にまで伸びて注目を集めた。

協生農法を取り入れることは、貧困問題の解決にもつながる可能性があるとして、近隣諸国からの期待も大きい。ブルキナファソには協生農法研究教育センターが設立され、2016年以降、協生農法シンポジウムも開催されている。近隣のマリやトーゴでも国家プロジェクトを巻き込んで実装が進み、協生農法の農地は着実に増えている。

※「協生農法」は株式会社桜自然塾の登録商標です。

アフリカだけの問題ではない、砂漠化。

「砂漠化」とは、それまで森林や農耕地だった土地が、植物の育たない砂漠のような土地に劣化することだ。「なんだ、遠いアフリカの話じゃないか」と思った方もいるかもしれない。確かに砂漠化は現在、主にアフリカ諸国など開発途上国で起こっている。しかしグローバル化した社会において、その影響は、それらの地域だけに止まらない。開発途上国の食料生産力の低下は、世界的な食料価格の高騰をまねくだけでなく、難民問題や社会的混乱、紛争の原因にもなり得ると危惧されている。つまりこれは地球規模の問題であり、日本に住む私たちも無関係ではいられないのだ。

イメージ写真(砂漠化)

砂漠化の原因は「気候的要因」と「人為的要因」とされている。気候的要因は文字通り気候変動だが、人為的要因とは、農地の拡大や家畜の過放牧、都市の拡大、鉱山開発など、許容限度を超える人間の活動によって土地が劣化することを指す。つまり、人間が大地の恵みを、持続不可能なほど使い尽くしてしまっていることが原因とされている。

砂漠化の危険がある乾燥地域は、地表面積の実に4割を占めるらしく、砂漠化は現在も進行中というのだから、やはり無視できない問題である。

はたして、協生農法は地球の砂漠化を止める手段のひとつになり得るのか。

神奈川県大磯町にある協生農法の実験農場で、一般社団法人シネコカルチャーの研究員、鈴木吾大(すずきごだい)研究員にお話を伺った。

人間の手で、生態系のパフォーマンスを上げる!

一般社団法人シネコカルチャーの鈴木吾大研究員

協生農法の畑は一般的な畑とは全然違うときいていましたが、まさにそのとおりですね。野菜や果樹だけでなく、花や雑草、昆虫や鳥といった多様な生物が、一見無秩序に共存している感じに見えます。協生農法は、土地を蘇らせるそうですが、どのような農法なのでしょうか。

鈴木さん(以下敬称略):ひとことで言うと、環境を回復させながら有用植物を栽培する農法です。

環境の回復に重要な要素の一つとして生態系機能の改善があり、そのためには生物多様性を高めてそこに存在する動植物を含む様々な生物種が互いに作用する生態系を構築することが本質的に重要です。生態系の機能からは、食料や浄化された空気、水などの資源を供給してくれたり、環境中の物質を循環・調整してくれたり、気持ちのいい空間や楽しい時間をもたらしてくれたり、と人間の利益になるさまざまなサービスを取り出せることが知られていますが、人間が手を加え、生物多様性を高めることによって、これらの生態系の機能、及びサービスを上げることができます。そのような生態系を「拡張生態系」と 呼んでおり、協生農法とは、拡張生態系を利用した栽培方法なのです。

一見して畑には見えないが、よく見ると野菜や果物が育っている。

人間の活動は多かれ少なかれ環境に負荷を与えるものばかりと思っていましたが、逆に生態系の機能を促進するということですね?

鈴木:はい。慣行農法を主流とする現代の農業は、さまざまな要因で環境に負荷をかけており、地球温暖化の原因としても大きな割合を占めると言われています。協生農法は、環境へのダメージを減らすだけではなく、人間が環境対してポジティブな存在としてかかわるところが特徴です。

具体的にはどういうことをするのですか?

鈴木:一般に自然放置状態を続けると、そこの生物の種類や個体の数などは時間と共にどんどん変化(遷移)し、最終的には、それ以上遷移しない極相(きょくそう)と呼ばれる状態に落ち着くとされます。極相は地域の気象条件などで決まりますが、比較的高温多湿な気候条件である日本の平地や低い山などでは、陰樹で構成される森林の状態が極相であることが多いです。ここの土地であれば、放っておけば向こうに見えている山を覆う森林のようになる可能性が高いと思います。

ただ、この状態に至ると、限られた植物種しか育たなくなり、結果として生物多様性が一定以上上がらなくなったりします。そうならず豊かな生態系を維持するために、人間が手を加えるわけです。具体的には、多様な植物の種を蒔き、生長したら適度に間引きします。1つの種類が他を覆い尽くすことが無いように調整するのです。この間引きが一般的な農法でいう収穫になります。協生農法では間引き収穫と呼んでいます。間引き収穫は生態学における「中程度の撹乱」に相当します。この「中程度の撹乱」とは「撹乱(台風、山火事、火山噴火、なだれなどにより、自然の生態系が破壊されること)」が適度な規模で起きると、その結果として生物多様性が高まることから有用視されています。生物多様性が高まると生態系機能も高まります。そしてそれがまた生物多様性を高めるというサイクルが起こります。これを「自己組織化」と いいます。

森には植物が勝手に育つ仕組みがある。

なるほど。生態系の力を利用する農法なのですね。どなたが考案した農法なのですか?

鈴木:協生農法は株式会社桜自然塾の大塚隆さんが三重県伊勢市で実践されていた農法を原型として、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)のシニアリサーチャーであり、一般社団法人シネコカルチャーの代表理事でもある舩橋真俊(ふなばしまさとし)が複雑系物理学や生態学、農学などの理論・知見を駆使して科学的に定式化したものになります。

協生農法では、「無耕起、無施肥、無農薬、微生物資材や人工マルチなど一切圃場に持ち込まない」という制約を設けていますね。それはなぜですか?

鈴木:協生農法の見方からすると、それらは全て、先ほど説明した「自己組織化」を阻害 しうるものだからです。これらのリスクを避けるため、マニュアルではこれらを原則禁止としています。協生農法で目指す多様性には、微生物や昆虫も含まれます。本来土壌微生物を中心とした多様な生物種が関わって物質循環が回ることでより生物多様性が高まっていくはずのところを、肥料によって物質循環が偏ることで先のような多様性の向上を妨げる方向に働く危険性があります。害虫とされる種を含む多様な生物種で構成される食物網が構築されていくことで生物多様性が高まるはずですが、農薬によって生物種の分布が偏ることで多様性の高まりが抑えられてしまうことがあります。また、過度な耕起は、土の団粒構造を破壊することで様々な生態系機能を下げ、貴重な表土の喪失や生物多様性の低下につながります。

※団粒構造。土壌中の微生物や昆虫の分泌物、作物の根から出る分泌物、カビの菌糸などが接着剤となって土壌粒子どうしが適度に団子状に固まった状態。団粒構造の土は保水性や通気性に優れ、野菜づくりなどに良いフカフカの土とされている。

人間の本来の代謝系に合っているかもしれない、協生農法の作物は??

今度は、作物についてお聞きします。協生農法でできる作物にはどんな特徴がありますか?

鈴木:これまでの研究で、協生農法と慣行農法のそれぞれで栽培された植物の成分比較が行われてきました。例えば、協生農法で栽培されたチャノキには、ファイトケミカルを含む二次代謝産物がより多く発現しているなどの特徴が現れていました(参考文献1)。これは協生農法ではチャノキと他生物種との間でより多様な相互作用が起き、特徴的な代謝を示している可能性が示唆されています。実際ご覧の通り、協生農法の圃場では生物多様性が高い状態なので、このような環境で生育してきたことと整合性があると思います。他にも主要なミネラル成分について調べた研究では、協生農法においては土中のミネラル濃度が慣行農法の基準値よりも低かったにも関わらず、植物中の濃度は逆に高かったことが示されています(参考文献2)。1950年代の慣行農法の普及以来、農産物に含まれる栄養素が減っているという指摘もあり、多くの現代人が食している慣行農法の野菜は人間が長い進化の歴史の中で摂取してきたものとは代謝が異なる可能性があります。

また農耕が始まるまでは人間は長い間、狩猟採取を中心とした自然のゆらぎの中で多様な野生の食べ物を摂取してきたため、人間の代謝もそれに適応進化しており、農耕が始まってから野生とは異なる環境で生育した作物だけを食べるようになったことが、現代人に見られる慢性疾患が出現した理由の一つではないかと指摘する学説もあります。

つまり、野生のものの方が実は人間の体に合っているのではないか、ということですね。

鈴木:介護施設との共同研究で高齢の利用者を対象に、協生農法で栽培されたチャノキの茶葉を使ったお茶を飲んだ人のグループと慣行農法のお茶を飲んだ人のグループを対象に、日常生活動作能力の比較実験を行なった結果、協生農法のお茶を飲んだグループの方が有意に高い能力値を示したという実験データも出ています。また拡張生態系の中に滞在する時間を設けたリハビリテーションプログラムによって、高齢の施設利用者の炎症性と認知機能の改善が観られたというデータも公開されています(参考文献3)。これらの結果は、現代人がより健康であるためには野生のものを摂取することが必要であることを示しているのではないかと考えています。

協生農法で栽培された植物の成分や、それらの摂取と人の健康の間の関係は、現在も研究が進められていまして、昨年度はこれらを取り扱った研究テーマが東京大学博士論文として認められました(参考文献4)

協生農法には難しさも。

それは興味深いですね。土壌を回復し、できた作物が人間の体にも良いのであれば、ぜひやってみたいという人も増えてくると思いますが、一方で、協生農法を実践するには、慣行農法にはない難しさがあるのではないでしょうか。

鈴木:協生農法実践マニュアル(2016年度版)では拡張生態系の科学的背景を理解してから始めることが想定されていますが、複雑な理論を先に理解してから取り組むのが難しいと感じられる方もいらっしゃると思います。一方で、拡張生態系を実際に構築しながら、観て・触れていく中で理論を理解していく学び方もあると思います。後者のような学びの入り方をサポートするためにソニーCSLでは「シネコポータル」という教育プラットフォームが開発され、そのハンドブックとして「拡張生態系入門キット シネコポータル」がソニーCSLのサイトから誰でもダウンロードできます。

協生農法の作業手順をごく簡単に説明すると、まず土地に畝を作り、真ん中に果樹や広葉樹などを植えます。その根本に苗を植え、さらにその周りにさまざまな種類の種を蒔きます。 雑草や昆虫も生態系の一部なので完全に取り除いたりすることはほとんどしません。野菜や果実ができたり、特定の種類の植物が増えてきたら収穫して、空いたスペースにまた新しいものを植えるということを繰り返し、生態系の構築や制御を行うのです。

協生農法の原理を学習することはプランターでもできる。コンパクトで扱いやすい。

初収穫するまではいいのですが、どこを間引きしたらいいのか、次に何を植えたらいいのか、わからなくて悩む人も多いのではないでしょうか。また、はたして生態系機能を高められるのか、高まったとして、それを認識できるかどうかなど難しさも感じます。

鈴木:協生農法には、これが正しいという「完成形」はありません。その場所ごとに条件は全く違うので、元の土地の状態を良く調べ、いろいろと試しながら経験値を積んでそこから学び、少しずつ生態系機能を高めていくのが基本です。ただ、実践者が増えて知見が貯まってくれば、誰もが情報共有できる協生農法のデータベ ースも作れるようになり、ユーザーごとにさまざまな提案もできるようになると思います。実際ソニーCSLはその取り組みを始めています。

待ち望まれますね!現在、どのくらいの数の人が協生農法を実践していますか?

鈴木:オープンソースなので、はっきりした数は分かりませんが、Facebookの協生農法グループには現在1500人以上が登録しています。 南米や中国でも実践する企業が出てきており、アフリカでは協生農法の導入に関心を示す市民団体や教育研究機関が32カ国にわたるネットワークを形成しつつあります。

協生農法の普及と環境問題の教育

協生農法の野菜や果物は、大きさや形がまちまちだったり、虫に食われていたりしますね。キレイに揃った作物に慣れている日本の消費者には、歓迎されないことも多いのではないでしょうか。流通させること自体も難しそうですが…。

鈴木:確かにそうですね。環境を回復する農法の作物だということを知ることで、選択肢に入れてもらえる可能性が上がるかもしれませんが、流通・販売の問題は目下の課題です。

温暖で雨も多く農業に恵まれた環境のある日本では、地球環境の変化に対する危機感自体、持ちにくいかもしれません。そういう意味では、人々の環境に対する意識を底上げする教育が大事なのではないでしょうか。

鈴木:そうですね。協生農法を教育コンテンツとして授業に取り入れたり、学校の畑で実践したりする学校が、全国でいくつか出てきていますので期待しています。

全国的に問題になっている、耕作放棄地なども利用できるといいですね。

分子生物学が専門の鈴木さん。研究と社会実装の両方を進める船橋さんの拡張生態系に共感し、シネコカルチャーの研究員になったそうだ。

この後、もう一つの圃場を見せていただき驚いた。住宅街の一角に突如出現したジャングルのような土地。さまざまな植物が生い茂り、何本もの桑の木が照りつける日差しを遮って森のような涼しげな空間を作っている。元は砂利がひかれた駐車場だったというそのスペースは、10年前に舩橋さんが協生農法の実験として畝を作り、種を蒔いた土地。周囲の環境から鳥が運んだ種によって桑や山椒の木も生え、生物の多様性が高まり、生態系機能によって土ができて今のようになったそうだ。

ジャングルのように草木が力強く育っている第一圃場。10 年前は砂利が敷かれた駐車場だった。

靴底をとおして感触が伝わるこのフカフカの土壌は、どこからか運んできたものではなく、生態系が循環する中で、枯葉や草の根、昆虫の死骸などを微生物が分解してできたものだ。生態系が自然に持つ力を目のあたりにし、この力を人間の知恵で調整・制御するという協生農法の可能性を改めて強く感じた。

取材・文 / 井澤裕子

参考文献1

Ohta, K.; Kawaoka, T.; Funabashi, M. (2020). Secondary metabolite differences between naturally grown and conventional coarse green tea. Agriculture, 10, 632.
https://doi.org/10.3390/agriculture10120632

参考文献2

Funabashi, M. (2013). Comparison of major minerals uptake between conventional and non-tillage/non-fertilizer/non-chemical vegetables in Japan. Proceedings of the Nutrition Society, 72(OCE5), E313.

参考文献3

Funabashi, M. (2022). Living in a Hotspot of City and Biodiversity. The Case of Synecoculture. P. 252-253. In: Mejía, M.A., Amaya-Espinel, J.D. (eds.). BiodiverCities by 2030: Transforming Cities with Biodiversity. Bogotá. Instituto de Investigación de Recursos Biológicos Alexander von Humboldt. 288 page

参考文献4

Ohta, K. (2023). Research on Synecoculture: Focusing on products and soils from a system-level perspective. [Doctoral Dissertation, The University of Tokyo]. Japan

(太田耕作. 協生農法の研究:システムレベルの観点から産物や土壌に着目して. 東京大学. 2023. 博士論文)

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)

https://www.sonycsl.co.jp/

一般社団法人シネコカルチャー

https://synecoculture.org/

協生農法

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